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> 「のび太の恐竜2006」に寄せて
今年の春は映画公開を見送ったドラえもん、来年の映画は「のび太の恐竜2006」にとりあえず決定したそうな。

コロコロコミック三月号や、ドラえもん公式サイトでも少しまえに発表され、ブログの世界でもひととおり記事が書かれたところだと思うので、ちょっと遅めの話題なんだけど、とりあえずこのことに関しての感想はドラファンとして外せないので、書きますね。

そもそもなぜ記事を書くのが遅かったのか、というと、まず情報をはっきりさせたかったこと、そして、僕にとってこの情報が与えた衝撃が大きかった、ということが理由になるかな。
衝撃は大きかったよ。初めてこのことを知ったとき、
「いったいどこまで原作に戻る気なんだ!」
と。
これは全くポジティヴな衝撃で、僕は新生ドラえもんにいままで以上に期待を抱くようになった。

ここでちょっと長くなるけれど、この機会に最近のアニメにたいする僕の個人的な気持ちを整理することにする。

ここ半年ぐらいの間こそ、毎週ドラえもんを録画して観て、まぁたまには肯定的な評価をしたりもする僕だけど(これはHDDレコーダーという機械の力に拠るところが大きい)、それまで、すなわち去年の夏までは、いや、声優交代のニュースが流れるまでは、僕はもうここ五年ほどで完全におかしくなってしまっていたドラえもんアニメに対して非常に否定的な立場で、口を開けば、
「やめてしまえ」
と息巻いていた。
ドラえもんは「夢」や「希望」(というものすごく曖昧で陳腐な言葉で安易に表現されるもの)、それにともなう「感動」を与えるだけのアニメになってしまっていた(もともとアニメのドラえもんはそのカラーは強かったが、すくなくともF先生存命中、しっかりと原作をベースに作られていたときは「それだけ」ではなかった)。そんなものはドラえもんの真の魅力ではない。そんなことはアンパンマンやポケモンに任せておけばいい、ドラえもんにはドラえもんにしか表現できない楽しさがある。その楽しさを現在のアニメは捨ててしまっていた。この考えはいまでも変わっていない。
僕が大好きな漫画である「ドラえもん」と、そんなアニメの「ドラえもん」が一般の人に同じものだと理解されるのがたまらなくて、とにかく早く打ち切ってほしかった。とはいえ、テレビ局が人気長寿アニメをたいした理由もなく終了するはずがないこともわかっており、こうなれば大山のぶ代さんの引退、あるいは不謹慎ながらも死去、が「終了」の「ラストチャンス」になる、とひそかに期待すらしていた。

そんなときに昨年からの一連のニュースが飛び込んでくる。

まずは、2005年春の映画を製作しない、というニュース。
ついにネタ切れか! いや、もうすでにネタ切れしてたことにやっと気づいたか!
そういう感想だった。
F先生の死後、いったいどんな映画ができたのか、と見てみた「南海大冒険」のあまりのつまらなさに唖然とし、「宇宙漂流記」も、テレビの再放送でみたときはまぁまぁおもしろかったのが、コミックで読み返してみればストーリーが甘すぎることを再認識して、
「作者ひとり死んだだけでこうも作品のレベルは落ちるのか」
といまさらながら当然のことを妙に納得して以来、新作映画は完全に無視してきたので、最近の映画の出来がどれくらいのものなのか知らず、はっきりとしたことは言えないのだけど、でも結局「ネタ切れ」の映画を出し続けるよりは、休んだほうがいい。
そう思っていた。

そして、11月の声優交代ニュース。
「えっ」
という驚き、つぎの瞬間
「あちゃ~」
という失望。
これでドラえもんはこのまま未来永劫つづいていく… という失望。
それも、「サザエさん」のように様式化されずに、「時代の流れ」と称して改変を続けられながら続いていく…
そういう失望だった。
そのころ、藤子不二雄atRandomの掲示板でちょっとした論争をしたことを覚えている。当然というべきか、声優交代をしてまでドラえもんをつづけることに批判的な書き込みが多かった。が、それに対して、
「それでもアニメを見続けるべき、でなければドラえもんは人々から忘れられてしまう」
という意見の人が少なからずいたのだ。当然、原作原理主義者の僕はその意見に、
「あまりにもあきらめすぎ、そうまでして見ても意味がない」
という旨の反論を書いた。この意見はいまでも変わっていないが、そのときに複数の人から引用されたのび太のセリフ、
「落ち目のときこそ、応援しなきゃ」(コミックス16巻)
いやぁ、寂しかったなぁ…
当ののび太自身が、こんなこと言われる立場になろうとは。
のび太はつまらないままの「宇宙ターザン」を見続けたわけではなかった。なんとかしてもとのおもしろい番組にするために努力したのだ。ドラえもんファンもそうあるべきではないか。この論争はある意味非常に勉強になった。

さて、そうこうするうちに、12月のスペシャルだっただろうか、テレビアニメで少しだけ「どんどんプロジェクト」の紹介があった。
このときに、
「あれっ」
と思ったのだ。
ドラえもんをはじめとしたキャラクターの画が、それまでより原作に近くなっていたのだ。とくにジャイアンの目、白黒してる! 前後して、「どんどんプロジェクト」は単に声優を交代させるだけでなく、スタッフまでも一新して、「原作のおもしろさをより大切にしていく」という内容のアピールがでてきた。しかしこの段階でも、
「いったいいまのスタッフがどれだけ原作のおもしろさを分かっているものか」
と、非常に懐疑的だった。

ところが、である。「ぼくドラえもん」23号を読んで、僕の意見は一変した。
詳しいことは過去の記事にゆずるけれど、ここに載っていた画、そしてスタッフのコメントには本当に感動した。まさに僕が不満に思っていたことを打破してくれそうなコメントだったのだ。加えて、原作の味わいを強く感じさせる作画。新生ドラえもんに対する期待が急速に膨らんできたのだ。
これは、ちょっと注目する価値はあるのかも知れない。そう思うようになった。

で、今回飛び込んできたニュースは、「のび太の恐竜2006」。
スタッフが謳う、「原作回帰」は生半可なものではないのかもしれない、と感じた。現段階では、映画の出来はどうなるかわからないが、とりあえずリニューアルしたドラえもんの映画の第一作として、大長編の原点とも言える「のび太の恐竜」を選んだことを素直に評価したい。
そして、これからの新ドラえもんに期待していきたい。

それで、ですね。

ここからが本題とも言えるんですが… (前フリながっ!!)
いろいろブログを見て回ってると、この「のび太の恐竜2006」、あんまり評判がよろしくないのだ。
これがちょっと気になるんです。
そらぁ好き好きなんで、自由に批評されればいいんだけど、どうも的外れな根拠が目立つような気がするので、ちょっと書かせてもらうことにする。

大きくわけて、「のび太の恐竜2006」に否定的な人たちの論拠は二点(もちろんほかにもあるが、とりあえず僕が納得できない、というか、ちょっと違うんじゃないか、というものをあげる)。
①新アイデアを出すことをあきらめて、過去のシナリオに頼った
②名作をわざわざ改変して汚すのはやめるべき

①に関しては、僕はそもそもF先生亡き後無理して新しいアイデアなんぞを出してこようなんてすることはムダな話で、そんなことしてもたいした作品はできるわけがない(というか、F先生の死後五年間ほどでそれは証明されたのでは?)と思っているので、そういう議論そのものがナンセンスな気がするんだけど… 「F先生自身の作品」と、「F先生の弟子の作品」、どちらが観たい?? 過去の名作を26年後にリバイバルするのは決して無駄なことではないと思う。

②に関してなんですが、おそらく改変はあるでしょうね。渡辺歩氏が監督ですから。
ただ、注意すべきなのは、原作を完全に再現することも意味がないということ。
ここはF先生の作品から言葉を借りようか。
エスパー魔美の「リアリズム殺人事件」(コロコロ文庫6巻)
このエピソードには、芥川龍之介の「地獄変」を撮る映画監督が登場するんだけど、彼はラストシーンの良秀の娘が焼け死ぬ場面を撮るために、女優を本当に焼き殺そうとする。
さて、ラストシーン、魔美は画家である父親に、ジャンヌダルクの火刑を描く場合、モデルに火をかけたほうがいい絵が描けるか、と問う。父親曰く、
「モデルは素材にすぎん。それからイマジネーションをふくらませていくのが画家の仕事じゃないか」
アニメにおいても、原作は素材にすぎないはずだ。その素材から、演出する側の人間がどの要素をとりだし、表現しようとするか、そこが大事であり、そのためには犠牲にされる部分もあれば、よりそのテーマを際立たせるためにあらたに付け加えられることもある。これは「映像と文学」というものすごく大きなテーマだと思うのだが、すくなくとも原作を読み込んだ上でつくられた映像には「解釈」が存在する。見る側はその「解釈」を、たとえば僕が「のび太の結婚前夜」についてあーでもないこーでもない、と語ったように楽しむことができる。原作をどう噛み砕いて映像がつくられているか、それが映像を見る楽しみであり、その解釈が納得のゆくしっかりしたものであるほど、その映像は優れている、といえるだろう。いままでのドラえもんアニメにはその解釈が存在すらしておらず、ただなんとなくのイメージで作られていたような感があったために評判が悪かったと思われる。それが、なんとか解釈が楽しめるまでに上がってきたのなら、歓迎したうえで、今度はその「解釈」に批評を加えればいい。単に原作と違うから、というだけで拒絶してしまうのはこれまたナンセンスである。そうならなにもわざわざアニメなど見ず、原作を読んでいればいいのだ。映像作品を観て、
「おぅ、ここはそう来たか!」
と、楽しめるほうがいいんじゃないだろうか、批判するならその上で、
「でも私はこれは納得できない」
という形でするべきだと思う。
ただ単に原作と違う点があるから、「原作を汚した」とすぐに斬り捨てるのは的外れな批評だ。その改変の意味を問い、その意味に対して自分の意見を言わないと、その作品を理解したうえでの批評とは言いがたいのではないだろうか。

なぜこうも他のブログさんに対してある意味挑戦的なことを書いたのかというと、先に出た、
「落ち目のときこそ、応援しなきゃ」
という気持ちがあるからだ。
ドラえもんは4月に、大きく変わろうとしている。僕はそのリニューアルに大きく期待している。25年間のアニメを続けていくうちに、少しづつ原作から離れていったアニメが、原作の味わいに少しでも近づくチャンスとして。だからこの挑戦にはぜひとも成功してほしい。ここで心配なのは、視聴者のほうがそれについていけるか、ということなのだ。たとえ原作に近づいたとしても、それゆえに現在のアニメとの違和感を覚える人たちが多くて、クレームが殺到する、ということは十分に考えられる。それによって、「原作回帰」路線が志半ばで挫折する可能性も少なからずあるのだ。原作ファンとしてはそれはあまりにももったいない。
だから、できる範囲で僕は新しいドラえもんを守っていきたいと思っている。

まぁ、こんな期待、いままでのようにあっさり裏切られるかもしれないけどさ。
もし裏切られた場合には? そりゃあもういままでのような攻撃路線に転じますよ、もちろん。
でも、最初はちょっと見守っていこうよ。「変わった」ドラえもん。その欠点をつくのは簡単なこと。はじめのうちは、魅力を探すようにしてみようじゃないか。

 
※公開後の感想はこちら
[PR]
by haschiken | 2005-02-17 02:30 | アニメドラえもん

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