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運命、世界の王妃よ
なんだかんだ言いながら就職活動真っ只中。
今日は筆記試験がひとつ、説明会がひとつ。
午前中に筆記試験が終わって、説明会は午後四時半からという予定だったので、大阪のど真ん中で、ぽっと時間が余ってしまった。

そこで、久しぶりにCDショップへ立ち寄って、いろいろ見て回った(そういやこないだ面接で出会ったおっさんにピンクフロイド薦められたなー、とか思いながら)末、一枚購入。

それがこれ↓
c0022506_22544466.jpg

ジャケット見るとコテコテのヘビメタみたいだけど、実はクラシック。いや、現代音楽というべきかな? でも20世紀はもはや前世紀だし… わからん! 詳しいことはわからん。
「カルミナ・ブラーナ」。20世紀ドイツの作曲家カール・オルフが古本屋で見つけたラテン語やら古いドイツ語やらで書かれた世俗の詩をもとに作曲したカンタータ、らしい。こういうとややこしいが、曲の冒頭部分はテレビ番組などで毎日のように使われているので、みんな絶対聞いたことあるはず。
僕もこないだまではその冒頭部分しか知らなかったんだけど、去年の大晦日、BSで演奏会を中継してた映像をみたときから、カメラワークのカッコ良さも手伝って、気になっていた曲だったんで、今日ちょうど思い出して買って帰りました。安かったしね。メータ指揮、ロンドンフィル他。

あらためて全曲聴いてみて、僕がこの曲の何に惹かれるかというと、やっぱりカッコよさ、ですな。
とくに有名な(テレビ番組で、強い人や怖い人が登場するときによく使われる音楽)冒頭部分、ティンパニドコドコ、強烈な縦ノリの音楽は聴いてて気持ちがいい。オーケストラの伴奏(?)もギャンギャン暴れてる感じでいいし。
そこからしばらくのどかで、いわゆる中世的な音楽になっていくんだけど、そこもいろいろ変化があってあんまり飽きないし。
そして最後の最後、ふっと冒頭の強烈な音楽に戻る瞬間はもうたまらなくカッコいい! なんか、その音楽の魅力がひとめぐりして帰ってきた、ような…
たとえばヘビメタなんかで、ギターやドラムのソロが盛り上がったところで、お決まりのリフに戻ってみたり、ジャズでインプロヴィゼーションがどんどん進んでいって、原曲を忘れかけたころに、アレンジのない状態に戻ってみたり、っていうああいう音楽の「間」というか、「タメ」みたいな魅力はどの音楽にも共通してカッコいいと思うなぁ。

ということで、今も聴きながら記事書いてるけど、これからはまりそうな予感…

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by haschiken | 2005-02-28 22:51 | 音楽
毎週恒例ドラえもん評2/25
またもやドラえもん評が遅れ気味で申し訳ない。というか、このごろはほとんど更新できてないね。訪問者数もめっきり減ってしまっていて、がんばらにゃならんなぁ、と思っているんですが…
いろいろ忙しくて…

さて、先週のドラえもん。
今回もコメントすることがあまりないなぁ。

タイトルはもう忘れたけど、友情カプセルの話。
古い話を持ち出してきたなぁ、って感じだね。最初の感想としては。
あれだけ邪悪なスネ夫は久しぶりかもしれない。
まぁ、スネ夫って損な役ではあるよね。どうしてもドラえもんの五人の中では一番悪いイメージで描かれてしまう。だからこそドラえもんに欠かせないキャラだと思うんだが…

この話に関しては、のび太がドラえもんを取られて、
「ドラえもん…」
とひとりでぽつりとつぶやく場面。あそこの演出にはもっと凝ってほしかったな。それぐらいかな。
首輪を取ったドラえもんは貴重でしたね。

「ことわざゲーム」はおもしろい作品だった。
具象化鏡(この話、僕大好き)に通じる知的な面白みが垣間見られるエピソードになっておりました。ただ、なにが「ゲーム」だったのか、という疑問は残ったのだけど。

次回は「魔女っ子しずちゃん」の話ですね。
原作ファンなら、セリフに注目! かな。

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by haschiken | 2005-02-28 21:08 | アニメドラえもん
毎週恒例ドラえもん評2/18
「毎週恒例」と名づけて連載(?)していたドラえもんのアニメのレビューが今回(というか先週の分)は止まっております。先週のとくに週末はいろいろ忙しくて疲れていたので書けてない、ってことなんですが。
せっかくいままでつづけていたので止めてしまうのはもったいないと思い、遅ればせながら先週18日のアニメの感想をまとめておくことにしました。

先週ドラえもんを見てから一週間近く経っているので、録画してあるやつをもう一回観てもいいんだけど、それほどおもしろくなかったのでそれはやめて、観たときにとったメモを中心に書いていくことにする。
だから箇条書きに毛が生えた程度でお許しを。

「のび太ロケット銀河へ」でしたっけ?
これはダメです。
いや、後でふれるけど、ポイントごとにはおもしろいな、と思えるところもあるにはあったけれど、まずストーリーの大枠が安易なんですな。
ロケットで宇宙まで行く理由が無い。理由が無いのに道具を唐突にほいほい出すドラえもん。これは楽しくない。
話の流れが唐突すぎて、宇宙へ行った、っていうことのワクワク感が感じられなくなってた。

小さいポイントを挙げると、ロケットの操縦方法、なんでもそうじゅう機はおいといて(なんでもそうじゅう機、使い方がちょっと違うような気もするが)、行きたい星の条件を入力すれば自動的に見つけて連れて行ってくれる、っていうのは「21エモン」の宇宙船と同じですね。
それから、行く星行く星変わってる、っていうのは「21エモン」や、ドラえもんの「たから星」を彷彿とさせる。
ドラえもんが神様のようにあがめられる、という展開も、「石器時代の王様に」や、「のび太の日本誕生」を知ってたらそんなにめずらしくないかな。
スモールライトの使われ方もちょっといつもと違ってた。

ま、こんなところかね。
とにかく、「お粗末」なアニメでした。だって、あれぐらいのストーリーだったらドラえもんをちょっと知ってたら誰でも作れると思わない?

もうひとつは「ピンチヒッターメガホン」ですか。
出木杉くんの大ホームランが見られたのはよかった。出木杉のスポーツマンぶりっていうのはなかなか見られないからね。
ストーリーは、「タッチてぶくろ」やぼくドラの付録に収録された「代用シール」などのようにナンセンスな状況を大真面目に演じるキャラ達に笑えたんだけど…
オチでは笑えなかった。
ヤギがでてくるまでぐらいはいいんだけど、最後がなぁ…
パパがすっぽんぽんで出てくる必要ないし…

ということで、先週はふたつともあまりおもしろい作品ではなかったですね。
明日に期待することにしましょう。


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by haschiken | 2005-02-24 21:14 | アニメドラえもん
のび太さんのエッチ!
大山のぶ代、小原乃梨子、野村道子が温泉を巡る旅番組に出る、という話を知ったときから、絶対このセリフ出るな! と予想はしてたんだけど、やっぱり来ましたね~。ただ、バスタオル一丁の野村さんご自身からそんなこと言われても非常に複雑な気分になってしまうんだけど…

テレビ東京系で放送された「いい旅 夢気分」録画したぶんたったいま見終わりました。
ドラ・のび・しずの三声優が、青森の秘湯を巡る旅をするというもの。

いろいろ意見を言うと、声優さんには(ドラえもん関係に限らず)あまり姿を見せての活動ってして欲しくないと思ってるし、だいたい企画そのものが、他局の話題のおこぼれを貰うという安易なもの… というようなところはあるんだけど、
でも、見ていて素直に楽しい番組ではありました。

大山さんはそんなに珍しくはないんだけど、小原さん、野村さんの素の声ってなかなか聞く機会がないので、それが聞けるだけでも貴重でしたね。
で、思ったのが、小原さんと野村さんの声がけっこう似ている、ということ、正直最初のほうは「え? どちらの声かな」と思うことが2,3度ありました。耳が慣れてくると、普段の声のなかにもひそむ「のび太らしさ」や「しずかちゃんらしさ」が感じられて、微笑ましく聞けるようになりましたが。
小原さんは普通に喋ってものび太っぽいところがあるんですね。
最近の、「ど、ど、ドラえも~ん! 大変だ~」っいう感じ(どんな感じ? わかる?)のセカセカしたやつではなくて、「の~んびりのーびーたーのー…」っていう雰囲気。
野村さんのほうは、普通にしゃべってる限りではしずかちゃん(もしくはワカメちゃん)の、面影(?)があるかな、っていう程度なんだけど、旅番組のなかで、美味しいものや綺麗な景色にであったときの、
「うわぁ~~」
とか
「すごぉ~い!」
とかいう間投詞はしずかちゃんそのものでした。
楽しいなぁ、ああいうの見てると。

晩御飯食べながら小原さんが、
「完璧主義だと思っていた自分だけれど、のび太を演じているうちに自分の中ののび太的なところに気づくようになった」
と語っていたけど、これはドラえもんを読み解いていくうえで重要でしょう。
前にもちょこっと書いたことはあるけど、みんなのび太に似たところを持ってるもんなんです。
子供のころ漫画読んだりアニメ見たりしてる段階では、「いくらなんでもこんなにダメな子は本当にはいないだろう」と思うと思うんだけど、だんだん成長していくと、のび太の持ってる「弱さ」を、自分も他人も持ってることに気づくと思うんです。ずーっとドラえもんを読んでいけば。
その「弱さ」は簡単には克服できない。でものび太は少しづつ、本当に少しづつ、連載から30年近くかけて成長していく。たまには考えたり、転んでも何度もひとりで起き上がりながら… 「45年後…」がファンにたまらない感情を抱かせるのは、その成長の、一番遠くのマイルストーンとなっている点でしょうね。
子供のころ、僕はのび太でした
というF先生の言葉、今考えると本当に深いですね。
では、「大人になったのび太」であるF先生は、ずっと45年後ののび太の視点から(時にはのび太のパパの、あるいはしずちゃんのパパの視点から)ドラえもんを書き続けていたのかもしれません。


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by haschiken | 2005-02-24 00:01 | アニメドラえもん
就職活動中の学生、「45年後…」を読む
今日から生まれかわった気で、ちゃんとした生活をおくろう!
将来みんなに尊敬されるりっぱな社会人になるために!

うぅ。一発目からこたえるセリフではじまる作品だ… 就職活動真っ只中の学生としては本当にこのセリフ、思わず自分の襟を正したくなる。
「ぼくドラ」25号の付録に満を持して掲載された、ドラえもんファンの間で伝説となっていた名作、「45年後…」

いつまでも知らないでは済ませられない、とそろそろやっと本格的に始めた就職活動。社会人にになる、ということ、考えようとすればするほど怖い、難しい。
5年後、10年後、25年後、45年後…
自分がどうなっているのか、はっきり言って想像することなんかできない。
では、どうありたいと思っているのか?
それすら考えることは困難であり、勇気のいること。

僕はこの「45年後…」を読んだのは今回が初めてだが(こういう作品がある、ということを知ったのもつい1,2年前だった)、いまの僕がまさに人生の岐路にあり、何年後の自分だろうと会えるものなら会いたい、と思っているので、この話もまた自分にとってダイレクトなテーマの作品として味わうことができた。
(↑なんか文章おかしいがお許しを。うまくまとまらんかった)

この作品が初掲載されたのは1985年の小学六年生九月号だそうな。
小学六年生といえば恐らく自我がある程度形成されてから、初めて直面する人生の岐路(とまではいかないにせよ、環境の大きな変化)といえるのではないか。その六年生たちに向けた作者からのメッセージが伝わってくる作品で、評判どおりの名作だった。

いやもうコレ本当に味わい深い作品で、今日手に入れてからもう十回ぐらいは読み返してるんだけど、ファンとしてずーっとのび太の人生を見てきた者にとっては本当にたまらない。
「ドラえもん」という漫画のある意味集大成と位置づけることが出来る作品だと思います。
ただ、話としては地味で、あまりドラえもんの歴史を知らない人が読んでも、「いい話だね」で終わってしまうかも。
そういう意味では、(こういう言い方は好きではないが)「通向けの」作品と言えるかもしれない。3月にアニメでも放送されるらしいけど、同じような理由であまり期待はできないかもね。原作をずっと読んでこそわかる場面がたくさんあると思うので。(そんなこと言い出したらほとんどがそうかもしれないけど)

以下、ストーリーを追いながらレビューしていくつもりなんでまだこの話を読んだことが無い人にはおすすめしません。僕の引用なんかでこのストーリーを知ってしまうのはもったいないです。

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by haschiken | 2005-02-21 22:17 | その他藤子F関連
「のび太の恐竜2006」に寄せて
今年の春は映画公開を見送ったドラえもん、来年の映画は「のび太の恐竜2006」にとりあえず決定したそうな。

コロコロコミック三月号や、ドラえもん公式サイトでも少しまえに発表され、ブログの世界でもひととおり記事が書かれたところだと思うので、ちょっと遅めの話題なんだけど、とりあえずこのことに関しての感想はドラファンとして外せないので、書きますね。

そもそもなぜ記事を書くのが遅かったのか、というと、まず情報をはっきりさせたかったこと、そして、僕にとってこの情報が与えた衝撃が大きかった、ということが理由になるかな。
衝撃は大きかったよ。初めてこのことを知ったとき、
「いったいどこまで原作に戻る気なんだ!」
と。
これは全くポジティヴな衝撃で、僕は新生ドラえもんにいままで以上に期待を抱くようになった。

ここでちょっと長くなるけれど、この機会に最近のアニメにたいする僕の個人的な気持ちを整理することにする。

ここ半年ぐらいの間こそ、毎週ドラえもんを録画して観て、まぁたまには肯定的な評価をしたりもする僕だけど(これはHDDレコーダーという機械の力に拠るところが大きい)、それまで、すなわち去年の夏までは、いや、声優交代のニュースが流れるまでは、僕はもうここ五年ほどで完全におかしくなってしまっていたドラえもんアニメに対して非常に否定的な立場で、口を開けば、
「やめてしまえ」
と息巻いていた。
ドラえもんは「夢」や「希望」(というものすごく曖昧で陳腐な言葉で安易に表現されるもの)、それにともなう「感動」を与えるだけのアニメになってしまっていた(もともとアニメのドラえもんはそのカラーは強かったが、すくなくともF先生存命中、しっかりと原作をベースに作られていたときは「それだけ」ではなかった)。そんなものはドラえもんの真の魅力ではない。そんなことはアンパンマンやポケモンに任せておけばいい、ドラえもんにはドラえもんにしか表現できない楽しさがある。その楽しさを現在のアニメは捨ててしまっていた。この考えはいまでも変わっていない。
僕が大好きな漫画である「ドラえもん」と、そんなアニメの「ドラえもん」が一般の人に同じものだと理解されるのがたまらなくて、とにかく早く打ち切ってほしかった。とはいえ、テレビ局が人気長寿アニメをたいした理由もなく終了するはずがないこともわかっており、こうなれば大山のぶ代さんの引退、あるいは不謹慎ながらも死去、が「終了」の「ラストチャンス」になる、とひそかに期待すらしていた。

そんなときに昨年からの一連のニュースが飛び込んでくる。

まずは、2005年春の映画を製作しない、というニュース。
ついにネタ切れか! いや、もうすでにネタ切れしてたことにやっと気づいたか!
そういう感想だった。
F先生の死後、いったいどんな映画ができたのか、と見てみた「南海大冒険」のあまりのつまらなさに唖然とし、「宇宙漂流記」も、テレビの再放送でみたときはまぁまぁおもしろかったのが、コミックで読み返してみればストーリーが甘すぎることを再認識して、
「作者ひとり死んだだけでこうも作品のレベルは落ちるのか」
といまさらながら当然のことを妙に納得して以来、新作映画は完全に無視してきたので、最近の映画の出来がどれくらいのものなのか知らず、はっきりとしたことは言えないのだけど、でも結局「ネタ切れ」の映画を出し続けるよりは、休んだほうがいい。
そう思っていた。

そして、11月の声優交代ニュース。
「えっ」
という驚き、つぎの瞬間
「あちゃ~」
という失望。
これでドラえもんはこのまま未来永劫つづいていく… という失望。
それも、「サザエさん」のように様式化されずに、「時代の流れ」と称して改変を続けられながら続いていく…
そういう失望だった。
そのころ、藤子不二雄atRandomの掲示板でちょっとした論争をしたことを覚えている。当然というべきか、声優交代をしてまでドラえもんをつづけることに批判的な書き込みが多かった。が、それに対して、
「それでもアニメを見続けるべき、でなければドラえもんは人々から忘れられてしまう」
という意見の人が少なからずいたのだ。当然、原作原理主義者の僕はその意見に、
「あまりにもあきらめすぎ、そうまでして見ても意味がない」
という旨の反論を書いた。この意見はいまでも変わっていないが、そのときに複数の人から引用されたのび太のセリフ、
「落ち目のときこそ、応援しなきゃ」(コミックス16巻)
いやぁ、寂しかったなぁ…
当ののび太自身が、こんなこと言われる立場になろうとは。
のび太はつまらないままの「宇宙ターザン」を見続けたわけではなかった。なんとかしてもとのおもしろい番組にするために努力したのだ。ドラえもんファンもそうあるべきではないか。この論争はある意味非常に勉強になった。

さて、そうこうするうちに、12月のスペシャルだっただろうか、テレビアニメで少しだけ「どんどんプロジェクト」の紹介があった。
このときに、
「あれっ」
と思ったのだ。
ドラえもんをはじめとしたキャラクターの画が、それまでより原作に近くなっていたのだ。とくにジャイアンの目、白黒してる! 前後して、「どんどんプロジェクト」は単に声優を交代させるだけでなく、スタッフまでも一新して、「原作のおもしろさをより大切にしていく」という内容のアピールがでてきた。しかしこの段階でも、
「いったいいまのスタッフがどれだけ原作のおもしろさを分かっているものか」
と、非常に懐疑的だった。

ところが、である。「ぼくドラえもん」23号を読んで、僕の意見は一変した。
詳しいことは過去の記事にゆずるけれど、ここに載っていた画、そしてスタッフのコメントには本当に感動した。まさに僕が不満に思っていたことを打破してくれそうなコメントだったのだ。加えて、原作の味わいを強く感じさせる作画。新生ドラえもんに対する期待が急速に膨らんできたのだ。
これは、ちょっと注目する価値はあるのかも知れない。そう思うようになった。

で、今回飛び込んできたニュースは、「のび太の恐竜2006」。
スタッフが謳う、「原作回帰」は生半可なものではないのかもしれない、と感じた。現段階では、映画の出来はどうなるかわからないが、とりあえずリニューアルしたドラえもんの映画の第一作として、大長編の原点とも言える「のび太の恐竜」を選んだことを素直に評価したい。
そして、これからの新ドラえもんに期待していきたい。

それで、ですね。

ここからが本題とも言えるんですが… (前フリながっ!!)
いろいろブログを見て回ってると、この「のび太の恐竜2006」、あんまり評判がよろしくないのだ。
これがちょっと気になるんです。
そらぁ好き好きなんで、自由に批評されればいいんだけど、どうも的外れな根拠が目立つような気がするので、ちょっと書かせてもらうことにする。

大きくわけて、「のび太の恐竜2006」に否定的な人たちの論拠は二点(もちろんほかにもあるが、とりあえず僕が納得できない、というか、ちょっと違うんじゃないか、というものをあげる)。
①新アイデアを出すことをあきらめて、過去のシナリオに頼った
②名作をわざわざ改変して汚すのはやめるべき

①に関しては、僕はそもそもF先生亡き後無理して新しいアイデアなんぞを出してこようなんてすることはムダな話で、そんなことしてもたいした作品はできるわけがない(というか、F先生の死後五年間ほどでそれは証明されたのでは?)と思っているので、そういう議論そのものがナンセンスな気がするんだけど… 「F先生自身の作品」と、「F先生の弟子の作品」、どちらが観たい?? 過去の名作を26年後にリバイバルするのは決して無駄なことではないと思う。

②に関してなんですが、おそらく改変はあるでしょうね。渡辺歩氏が監督ですから。
ただ、注意すべきなのは、原作を完全に再現することも意味がないということ。
ここはF先生の作品から言葉を借りようか。
エスパー魔美の「リアリズム殺人事件」(コロコロ文庫6巻)
このエピソードには、芥川龍之介の「地獄変」を撮る映画監督が登場するんだけど、彼はラストシーンの良秀の娘が焼け死ぬ場面を撮るために、女優を本当に焼き殺そうとする。
さて、ラストシーン、魔美は画家である父親に、ジャンヌダルクの火刑を描く場合、モデルに火をかけたほうがいい絵が描けるか、と問う。父親曰く、
「モデルは素材にすぎん。それからイマジネーションをふくらませていくのが画家の仕事じゃないか」
アニメにおいても、原作は素材にすぎないはずだ。その素材から、演出する側の人間がどの要素をとりだし、表現しようとするか、そこが大事であり、そのためには犠牲にされる部分もあれば、よりそのテーマを際立たせるためにあらたに付け加えられることもある。これは「映像と文学」というものすごく大きなテーマだと思うのだが、すくなくとも原作を読み込んだ上でつくられた映像には「解釈」が存在する。見る側はその「解釈」を、たとえば僕が「のび太の結婚前夜」についてあーでもないこーでもない、と語ったように楽しむことができる。原作をどう噛み砕いて映像がつくられているか、それが映像を見る楽しみであり、その解釈が納得のゆくしっかりしたものであるほど、その映像は優れている、といえるだろう。いままでのドラえもんアニメにはその解釈が存在すらしておらず、ただなんとなくのイメージで作られていたような感があったために評判が悪かったと思われる。それが、なんとか解釈が楽しめるまでに上がってきたのなら、歓迎したうえで、今度はその「解釈」に批評を加えればいい。単に原作と違うから、というだけで拒絶してしまうのはこれまたナンセンスである。そうならなにもわざわざアニメなど見ず、原作を読んでいればいいのだ。映像作品を観て、
「おぅ、ここはそう来たか!」
と、楽しめるほうがいいんじゃないだろうか、批判するならその上で、
「でも私はこれは納得できない」
という形でするべきだと思う。
ただ単に原作と違う点があるから、「原作を汚した」とすぐに斬り捨てるのは的外れな批評だ。その改変の意味を問い、その意味に対して自分の意見を言わないと、その作品を理解したうえでの批評とは言いがたいのではないだろうか。

なぜこうも他のブログさんに対してある意味挑戦的なことを書いたのかというと、先に出た、
「落ち目のときこそ、応援しなきゃ」
という気持ちがあるからだ。
ドラえもんは4月に、大きく変わろうとしている。僕はそのリニューアルに大きく期待している。25年間のアニメを続けていくうちに、少しづつ原作から離れていったアニメが、原作の味わいに少しでも近づくチャンスとして。だからこの挑戦にはぜひとも成功してほしい。ここで心配なのは、視聴者のほうがそれについていけるか、ということなのだ。たとえ原作に近づいたとしても、それゆえに現在のアニメとの違和感を覚える人たちが多くて、クレームが殺到する、ということは十分に考えられる。それによって、「原作回帰」路線が志半ばで挫折する可能性も少なからずあるのだ。原作ファンとしてはそれはあまりにももったいない。
だから、できる範囲で僕は新しいドラえもんを守っていきたいと思っている。

まぁ、こんな期待、いままでのようにあっさり裏切られるかもしれないけどさ。
もし裏切られた場合には? そりゃあもういままでのような攻撃路線に転じますよ、もちろん。
でも、最初はちょっと見守っていこうよ。「変わった」ドラえもん。その欠点をつくのは簡単なこと。はじめのうちは、魅力を探すようにしてみようじゃないか。

 
※公開後の感想はこちら
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by haschiken | 2005-02-17 02:30 | アニメドラえもん
映画「のび太の結婚前夜」に登場するモノの解釈
まえの、「のび太の結婚前夜」の記事で、
「ペロ」とか「真珠のネックレス」とか「タンポポ」とか、原作ファンにはうれしい小物が的確に使われてて、ドラえもん世界の深みは広げられている

と書いたら、take_14 さんから、
ところでペロとネックレスはわかったんですが、タンポポっていつ出てきたのでしたっけ(^^;)

というコメントをいただいた。

こちらからもコメントで説明しようとしたけれど、そうするとちょっと長文になってしまうので、ここはもう新たにその話題で記事をひとつ書くことにした。
「タンポポ」だけでなく、あの映画でさりげなく使われた「小物」の元ネタを解説、というか、それについての僕なりの解釈を書いていこうと思う。
これはあくまで、個人的な意見であって、公式設定などではないので、そこんとこを理解してお読みください。

まず、のび太が河原に寝転がったとき、押しつぶしてしまって、「たいへん」と添え木される草。なぜ「タンポポ」だったのか、ということについて。
これは僕の個人的な解釈で、渡辺監督自信が語られていたのを読んだわけではないんだが、コミックス18巻に「タンポポ空をゆく」というエピソードがある。ファンタグラスによって擬人化されたタンポポとのび太が語り合うことによってのび太が成長してゆくストーリー。ラストの一コマが僕は大好きで、またそこに至るまでのストーリーの流れも奥深い作品。
あの河原のシーンで「タンポポ」が登場したのはこの物語を踏まえてのことだ、と僕は睨んでいる。「タンポポ空をゆく」という作品がのび太の成長譚だった、ということがここではポイントで、映画も終盤、かつてののび太がここまで成長したんだよ、ということを暗示するため(このシーンのあとにはしずかパパがのび太を認めるシーンへとつながるわけだから)に、のび太がこれまでに経験してきたいろいろなエピソード(本当にいろんな経験してますから、この子)の中からのひとつを想起させる存在を登場させたのではないか、ということなのです。
どうでしょう、take_14さん。

さて、他の小物たちにも触れていきますね。思ったより長くなりそうだな。

「ペロ」はしずちゃんが小さいころから一緒に育ってきた愛犬ですよね。3巻に登場します。登場した瞬間から死んでるんですが、これが死ななかったことにされ(ややこしいですが)ます。
映画では、探し当てたミィちゃんの飼い主の喜ぶ姿をしずかちゃんがかつての自分と重ねあわせる場面で使われています。
このミィちゃんの飼い主さがし、のくだりは、映画の完全オリジナルストーリーなんですが、これもやはりよく出来ています。まず、この挿話は一見のび太の優しさや一途さを表現しているようにみえますが、実はそれだけではないんですねこの記事で触れたように、映画はのび太の行動をしずかちゃん視点で追ってる。これはどういうことかというと、クライマックスの、
「あたしお嫁にいくのやめる!」
というしずかの衝撃のセリフへの伏線になっていると考えられるんです。
おそらく、少なくともこの映画のなかでは、衣装合わせをしている段階ではしずかも結婚がただ待ち遠しかったんだろう。でも、そこでふと、父親がなにか寂しげな様子で外を眺めているのを目にしてから、すこしづつしずかちゃんが考え事をしているような描写が随所にみられます。
のび太がミィちゃんを抱いて、
「人間でも動物でも、家族が離れ離れなんて寂しいよ」
と言うのを聞いた瞬間、その寂しそうなパパの姿がフラッシュバックしますよね。このころから、しずかの胸には、
結婚=自分のそれまで一緒に育ってきた家族との一種の別れ
という意識が(いまとなっては古風な考えですが)芽生えはじめてるんです。その想いが、最終的に夜のシーンで、パパが、咳き込むのを聞いてこみ上げてきて、クライマックスへ… となるんです。
そう考えると、「ペロ」が使われていることの意味も大きくなってきます。3巻のストーリーではもともと、しずちゃんとペロ(=一緒に育ってきた家族)との別れが描かれていますから。
それから、ミィちゃんは完全オリジナルのエピソード、といいましたけど、原作の「ココロコロン」というエピソード(何巻収録かはいまちょっと思い出せません)で、捨てられたお人形の持ち主を探す、という似たようなストーリー(こちらはしずちゃんが要求)はあったので、渡辺監督がこのあたりからヒントを得た、ということは十分に考えられます。ぴっかぴかコミックスで発売された「ポコニャン」の1巻にも、迷い犬の飼い主を探していたけれど、北海道へ引っ越してしまっていた、というエピソードがあります。

えーっと、つぎ。真珠のネックレス。
これはたしか、「ドラえ本」かなんかに紹介されてたことなんで、簡単に済ませます。28巻に、「しんじゅ製造アコヤケース」というエピソードがあって。そこに登場するんです。あのネックレスはしずかのママが婚約したときにパパから買ってもらった思い出の品で、しずかにとっても幼いころから憧れていたものだったのです。
ちなみに、このはなしが「しずかのネックレス」というタイトルでアニメ化されたとき、渡辺監督もスタッフとして携わっており、ラストシーンが少しアレンジされている、とのことです。

えーっと、とりあえずこんなもんか。

あ、あと、「結婚前夜」の記事冒頭で引用した映画予告用モノローグの、
「いつのまにか、ぼくは夜中に、ひとりでトイレに行けるようになった」
という表現を聞くと、僕はいつも15巻の「人生やりなおし機」を思い出します。
これも、「結婚前夜」とは直接関係ありませんが、ものすごく奥深い話です。人生はやり直すと結果的に失敗に終わる… という。これ、僕、身をもって体験しましたよ。

さて、長い記事になってしまいました。
もちろんもっともっと細かく見ていけば、言及するべきところはあるんだけれど、もうきりがないのでこのあたりで一旦終了。
最初に書いたように、このブログに書いてあることは絶対的な解釈でもなんでもなく、僕が理解しているだけのことなので、
「それはちょっとちがうんじゃないの」と思われた方、あるいは質問などある方はコメント、トラックバックともに大歓迎です! お待ちしてます。



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by haschiken | 2005-02-13 00:50 | アニメドラえもん
毎週恒例ドラえもん評2/11:のび太の結婚前夜
いつのまにか
ぼくは夜中に、ひとりでトイレにいけるようになった。
ひとりで電車に乗って、
会社に通うようになった。
でも、ほんとうにぼくは
かわったのかなぁ。
ドラえもん、
ぼくはあした、結婚するよ。


いや、僕はまだ当分結婚はしないつもりですが…
上に引用したのは、「のび太の結婚前夜」の映画が公開されたときのコピーとして使われたもの、だったと思います。フイルムストーリーから引用しました。

初めて見る作品ではないし、原作やフイルムコミックは数え切れないぐらい読んでいるので、いまさら何を語ろうか、という気もするけど、やはりいい作品だと思います。

いままでにもこのブログで語ってきたことだけど、ドラえもんの究極的目標ってなにかと言えば、のび太を幸せにすること。では、なにがのび太のしあわせか、と言えば、具体的にはしずかちゃんとの結婚、なわけです。そういう意味で、このマンガはドラえもんの連載史において、ひとつの区切り、となるエピソードであるわけ。それまでののび太とドラえもんの歩みの成果が描かれている作品で、のび太に思い入れのあるファンにとってはたまらない作品。

が、この「映画」版のほうは、それを前提としながらさらなる要素として、しずかちゃんを主役に作られている。
タイトルは「のび太の結婚前夜」だけど、この映画で一番のみどころといえばやはり終盤、しずかちゃんのパパが娘に想いをかたるシーン。この場面はさながらしずかちゃん版「ぼくの生まれた日」。
前半のエピソードものび太の失敗や思いやりを描いているんだけどそれは、しずかちゃんの視点から。結婚にともなう父との別れ、という題材は現代から考えると古い考えになっちゃうかもしれないけど、そこはそこでドラえもん。もう一昔まえのマンガなんだからこういう様式でいけばいい。なにも花嫁の規範を示そう、なんていう映画じゃないんだし。

話は変わるがこのころの渡辺歩氏(「結婚前夜」と「帰ってきたドラえもん」)はやっぱりいい仕事してると僕は思いますよ。賛否両論ある彼の演出だけれど、この映画みてても、原作への理解が伝わってくるし、オリジナルエピソードの追加も、表現したいものがあればこそだな、という感じがする。
さらに、「ペロ」とか「真珠のネックレス」とか「タンポポ」とか、原作ファンにはうれしい小物が的確に使われてて、ドラえもん世界の深みは広げられているし。

ただこの映画、ラストシーンがどうも急ぎ足になっちゃているような感じがして、そこが残念といえば残念。もうちょっと余韻が残ってくれるといいんだけど。
あと、スネ夫に
「僕がちょ~カッコ良くなった」って言わせるんなら髪形はやはりパンチパーマよね!

いつのまにやら小学生ののび太よりも、結婚前夜ののび太のほうが歳がちかくなってしまったけれど、そうなってこの映画をみたり、原作を読んだりすると、やっぱり違う感動がある。
ひとつの理想の結婚だよね。


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by haschiken | 2005-02-11 23:05 | アニメドラえもん
毎週恒例ドラえもん評2/11:未来のくにからはるばると
さぁ、今日のアニメ一発目はかの有名な「未来のくにからはるばると」
いまから35年前、「小学四年生」にドラえもんの連載が始まったときの最初回であり、てんとう虫コミックス第一巻の第一話であるこの作品を現代に舞台を移してアレンジしてありました。

コメントするポイントはたーっくさんあるが…

まず、あの連載最初期のドラえもんは、いまの大山のぶ代の可愛くて優等生なドラえもんでははっきり言って無理だね。あの声と口調で、
「30分後にダンプカーにはねられる」
なんて言われてもねぇ…
ところでなんでダンプカーに跳ねられることになったんでしょう? 首吊りはまずいの?? ダンプカーならいいの??
ともあれ、あの突き放したような、切り捨ててしまうようなドラえもんのセリフが大山ドラえもんと合わない。ざんねんながら。ドラ焼きを美味しそうに食べるとこぐらいしか。
ドラ焼き? おもちじゃなくなってました。まぁ、もはやドラえもんといえばドラ焼き! ってのが常識のようになってるからねぇ。いまさら、おもちはややこしいのかな。そもそも時期の設定がお正月ではなくなっていた模様。

あとはだいたいそのまんま、話が進んでいって、大きな改変とかは無かったですねぇ。
でも、ドラえもんがタケコプターの次に出した道具がカチンカチンライトってのはどうも… どうしてそんなマイナーな道具を?? しかもカチンカチンになったはずののび太は次の瞬間動いてるし。

あと、ラストののび太がドラえもんを両親に紹介するシーン。
あ、これを使ったか! と思いましたね。
あれは最近ぴっかぴかコミックスに収録された「小学二年生」版の第一回のオチ、
「化けネコ!」となるシーンをアレンジして組み込んだものでしょう。なかなかおもしろくて良かったと思うよ。

でも、どう頑張ってもいま、あの第一回をリバイバルするのは無理があるのは否めない。一般的にある「ドラえもん」のイメージと、当時書かれたドラえもんっていうのはけっこう違うから。だいたいジャイ子にせよ、いまでは少なくとも「嫌なキャラ」ではなくなってるし。のび太がしずかちゃんと結婚するのも周知のことになってるんでね。わざわざアニメ化する意味、っていうのはあるんだろうか。

ちょっと気になったのは、何の説明もなくいきなりこの「未来のくにからはるばると」がはじまったこと。
「ドラえもんとのび太くんが初めてであったときのお話だよ!」ぐらいのインフォメーションはあったほうが観てる子たちにはわかりやすいと思うんだけど。
でないと、机の引き出しから出てきたドラえもんを見て、のび太が
「君は誰? どうしてこんなところから?」
とびびってるのを見たらわけわからなくなっちゃうんじゃないかなあ。机の中からドラえもんがでてくるのって、日本の小学生にとってごくあたりまえなことでしょ、いまどき。


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by haschiken | 2005-02-11 22:26 | アニメドラえもん
毎週恒例ドラえもん評2/11:今日の総評
先週の予告編を見て以来、楽しみにしていたドラえもんスペシャルみました~!

どんどんプロジェクトの最新情報満載! ということだったので、ついに新声優発表か!? とドキドキしていたんだけど、そんな重大情報は全く発表されず、イベントの宣伝だけ。
間違いなく収録はもう始まっている時期のはずなんだけど、果たしてどうなっているのやら。ま、いまは期待しながら待ちつつ、残り期間わずかとなった現行の声優さんたちの演技を楽しみましょう。

リアルタイムでは七時からとりあえずニュースを観てたので、三十分になってからチャンネルを変えて、「のび太の結婚前夜」を最後まで鑑賞。終わってからドラえもんが新情報を紹介するときに、「渡辺さ~ん!」なんて呼びかけるもんだからびびったよ。
「えー! 渡辺さんでてんの?」てね。
もちろん、心に思ってたのは渡辺歩。そう、「結婚前夜」の監督にして4月からのリニューアル版のキャラクターデザイン担当の渡辺歩。もう新ドラえもんについてかなりの情報が発表されたのでは?? などと興奮する。
で、画面に出てきたのはテレビ朝日の渡辺アナ。
おまえかよ!
と、拍子抜け。
紹介されてる情報にも拍子抜け。

…しかし
ま、まさか春から声優として登場、とかじゃあないだろうな! …まさかね。


アニメそのものについては別の記事を設けることにします。
内容濃い作品が二つだったので。
最初回の「未来の国からはるばると」と、ある意味ドラえもんの使命が達成された話の「のび太の結婚前夜」を同日に放送するなんて、なかなか… おもろいというか、どういうセンスなんだというか。

エピソードごとの記事はこちら↓
未来のくにからはるばると
のび太の結婚前夜

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by haschiken | 2005-02-11 21:42 | アニメドラえもん
   

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